謎海外ブランド「生き霊」の香水を取り寄せてみた~後編~ イキリョウ バニラ・オピ・ウード Ikiryo - Vanilla Opi-Oud
caffeineandperfume.hatenablog.com
caffeineandperfume.hatenablog.com
イキリョウシリーズ、これが最終回です。
ここにたどり着くまで1年かかってしまった。今年記事3つしか書いてないじゃないか...

こちらもブラインドバイの一本"Vanilla Opi-Oud"
この世界観のブランドが作る、バニラ、オピウムとウードをその名に冠した香りはどこまでダークなのか、と心を躍らせて購入。
歴史上のファム・ファタ―ル達をモチーフにした"These Three"コレクションの一つ。後から知ったのだが、最初に取り寄せたサンプルのBlood Cherry Cordinalもこれに属するようだ(前編を参照)
このバニラ・オピ・ウードのモチーフになったのは血塗られたルネサンスの象徴ともいえる、ルクレツィア・ボルジア。

イタリア・ルネサンス時代の女性で、ボルジア家の一員として知られている彼女は1480年に生まれ、父はローマ教皇アレクサンデル6世、母はヴィトリア・デ・カターニ(後に別の男性と再婚)。ボルジア家はその政治的権力とスキャンダルで有名だった。
政略結婚で数回別の男性に嫁いだルクレツィアの生涯は謎めいており、数々の作品で悪名高い存在として描かれているものの、実際には彼女がどれほどの関与をしていたかは不明だとか。

豊かな金髪、美しく特徴的な色の瞳......その美貌から「天女」とも称されていたルクレツィア。バニラ・オピ・ウードの液体も美しい黄金色で、アートワークの女性も金髪で美しいルックスになっている。
さて、その香りは一体どんなものか。

Ikiryo - Vanilla Opi-Oud
リリース:2017年
調香師:Vincent of Dreamhouse
ノート:ウード、ブラックウード、アマレット、コスタス、マグノリア、ピンクロータス、マスク、オピウム、クリームブリュレ
--------------------------
スプレーした瞬間にまず感じるのは、強烈な違和感。
ベチバーのような、暗い、湿った苦み
そして僅かな清涼感
おそらくこれがコスタス・ルートで、まるでオート・ショップに足を踏み入れたような...ゴムタイヤすら想起させる香り。
肌から少し離して香ると、微かにクリーミーな甘さを湛えているように感じる
強い黒の香りはそのままに、遠くにアマレットとウッディノートが居る。
このコスタスの香りのなんと不思議なことか、アニマリックなような気もするし、アーティフィシャルと言えばそんな風にも思える。きわめてトキシック。そう、体に有害な化学薬品を嗅いだ時のようなそんな違和感なのだ(実際に有害というわけでなく、比喩として。)
湿った黒が少し落ち着いて肌に落ち着く頃、主役は乾ききったウードに代わる。
強烈なコスタスから強いウードに流れていくのがとてもシームレスに感じるが、黒と黒のグラデーションはそのまま漆黒の闇なのだ。決しておかしなことではない。
最後の最後、肌に乗せてから6時間程経過したところでようやくバニラに辿り着くことが出来る。深いウードとほんのり香る程度のバニラが合わさり、結果的にはスモーキーでリッチなウッディセントに落ち着く。
バニラの名を冠しているものの、グルマンを期待すると相当痛い目を見ると思う。
例えば元祖グルマンのエンジェル by ミュグレーは、土のように暗いパチュリが前面に出るフェーズから徐々に激甘のキャラメルにその姿を変えていくし、ロリータレンピカなんかはアイビーのギリギリとした苦みから急にチェリーの甘酸っぱさという「違和感」を挟んでからドリーミーでパウダリーなお菓子のバニラに落ち着く。
一方でこのバニラ・オピ・ウードは、常にその暗さが付きまとう。夢のような甘い一瞬が訪れる事は無い(ラストがかなり強いウード+ほんのりとした甘さ、なのでウード好きにはオススメかもしれない)
有毒。この香りを一言で表すならコレに尽きると思う。
それもその筈、ボルジア家はその繁栄のために暗殺の手段として毒薬を用いたことで知られているのだ。
ルクレツィアの父アレクサンドル6世と兄チェーザレによって毒殺され、歴史の闇に葬られていった貴族がどれほど存在したのかは分からない。
そして彼女自身も父や兄と近親相姦の関係にあったとの疑惑が囁かれている
そんなルクレツィアの波乱に満ちた、暗い人生を象徴しているというのだろうか......

人をかどわかす悪女というと、安易にチュベローズだとか、頭がクラクラするほど甘いクリーミーなバニラ、アーモンドあたりを想像してしまうけれども、そんなに単純なものではなかった。
ルクレツィア・ボルジアをモチーフにした香りという意味では「解釈一致」なのではないか。
恐ろしく不快で、どこか美しい、クラシックとは正反対の近代科学的トキシックフレグランス。これを使いこなせる人には、どこか怖さを感じてしまうかもしれない。おそらく、自らが毒殺される運命を感じ取った貴族がそうであったかのように....